2018年1月30日火曜日

2018年1月29日(月)

悪夢を見ない日がない。終わりながら起床し風呂にも入れず終わりながら出勤、月曜はオフィス清掃のため普段より早く到着しなくてはいけないのだが電車の遅延のため着くのが少々遅れてしまい社長から小言を言われてめちゃくちゃイライラするが死んでいるので無感情ですみませんと謝り掃除する。

終始イライラしている社長と死んでいる自分とでオフィスの空気が終わっているがしょうがない。

何も手につかず泣き出したいような気分になるが、泣き出したいような気分というよりもただちに横になりたい気分になるが、そうもいかないので最低限中の最低限だけやらなくてはいけない仕事を何とかやっつけ、これ以上無理なので社長がごちゃごちゃ言ってきそうになるが無視して「調子悪いので帰ります」と言い残し定時から30分だけ残業して帰る。最近自分の稼動率がめちゃくちゃ下がってしまっていて仕事が溜まってる感じがするのでやばい。だが無理なものは無理なのでどうしようもない。

何か食べないとどうしようもないのでフッドのチャイニーズレストランで無の夕食を食べ帰宅し横。

頭も身体も働かないので早めに薬飲み横になる。チョコレートをたくさん食べてしまう。

友達とECDの死についてSMSで色々やり取りをする。

これって通常の鬱に加えて冬季うつが来てんのか?波状攻撃か?!あったかくなったら良くなるのか?風呂に入れる気がしないし翌日仕事に行ける気もしない。人並みに生きることもままならない。

気づいたら寝ている。

2018年1月29日月曜日

2018年1月26日(金)~1月28日(日)

2018年1月26日(金)

死にながら仕事。帰宅後横になり死んでいる。少しサンプラーをいじる。

2018年1月27日(土)

死にながらコーヒーを飲んだり音楽を聴いたりする。少しサンプラーとシンセをいじる。

2018年1月28日(日)

悪夢を見て15時過ぎに起床。死んでいる。何もできない。死にながらコンビニへ行き食料を買い高くて驚く。死にながらコーヒーを飲んだり音楽を聴いたりする。洗濯をするのは諦めた(何もできないので)。この日は風呂に入れればよしというところまでハードルを下げたものの、風呂に入れず。全て諦めて薬飲み寝る。

2018年1月28日日曜日

2018年1月25日(木) ECDと私

目を覚ますとエアコンも電気もつけっぱなしで寝てしまっていたため全部消してまた寝る。悪夢を見てまた目覚め、枕元のケータイの時計を見たらすでに始業時間を過ぎてしまっていた。あ~~~と声を上げながら起きて即会社に電話し寝坊のため遅刻する旨を伝える。

ツイッターを開くと自分がフォローしている人が「ご冥福をお祈りします」とツイートしているのが目に入り、またタイムラインに「The Fallのマーク・E・スミス逝去」の記事がRTされて流れてきていたので、ああどんどん人が亡くなるな……と思うが、寝坊して終わっている脳裏にある考えがよぎり、嫌な胸騒ぎを覚えてTLを遡っていくとすぐに分かった。ECDの訃報。ついに来てしまったか、という思いのすぐ後に、信じられない、という気持ちが湧き起こる。

ひどく動揺してしまって、気を落ち着けようとベランダに出てタバコを一本吸う。抜けるような青空。ECDはデヴラージに会ったかな、ECDとクボタタケシとD.Lというレジェンド三名がレギュラーだったパーティー、Double SiderはD.Lの死後 "OVERSEEN BY D.L"(D.Lに見守られてる)という文言をフライヤー上に常に掲げていたが、ここにECDの名も加わってしまうのか、とかそんなことをぼんやり考えていた。

タバコを吸い終えたらひどく脱力してしまい、昨日の不調の続きで今日もめちゃくちゃで、またベッドに横になりたいと思ってしまうが、やらなくてはいけない仕事もあるので気力振り絞り着替えて家を出る。

一時間の遅刻をメイクし謝りながら出勤。全無理の状態で働く。信じられない。ECDが死ぬなんて絶対に信じられない。

ツイッターのタイムラインがECDに対する追悼で埋まる。

仕事中タバコを吸うため外に出てきれいな青空を見るたび、もうECDがいない世界になってしまった、と思う。

スタンダード(?)な鬱病だと一日のうち朝が一番憂鬱が強く、夕方~夜にかけて少しずつ気分が楽になるそうだが、自分の場合は逆で朝はあまり憂鬱を覚えないが午後~夕方にかけてどんどんつらくなっていく。

コーヒーとチョコレートで脳に鞭打ち無理やり働いて、何とか最低限のところまで終わらせる。

フッドのチャイニーズレストランで夕食をとり帰宅。

正月に帰省した際にこちらへ持って帰ってきたECDの大好きなアルバム "TEN YEARS AFTER" のアナログを、帰宅したら真っ先に聴こうと昼の間中ずっと考えていた。

ところがレコード棚を探しても中々見つからず、泣きそうになりながら探し続けてようやく見つけた。うやうやしくジャケットから盤を取り出しタンテに乗せて針を落とす。このアナログ二枚組みの "TEN YEARS AFTER" は、Illicit Tsuboiの手により曲の前後(と曲中にも?)に同作のCD版にはない音が加えられ、一層ぶっ飛んだ、そして聴いていて非常に楽しい作品となっている……。

ル~ディ~なギターのサンプルが流れ、そしてフェードアウトしECDの愛機である808実機のキックがブン……と鳴ると、チキチキチキチキチキチキチキチキ……という808のハイハット連打が鳴り響き、そこにECDの愛機であるRolandのビンテージサンプラー、W-30の鍵盤から発せられるオケヒットのサンプルが爆音で乗り、血が沸騰する。

「時計見る6時 / まだ眠いロクに / 取れてない疲れ / 皮にやまいだれ / 分刻みまた寝て覚めてギリまで / 毎朝の儀式 / 秒読み 3・2・1 ・0 でさあ行くぞ今日もこんちくしょう / イヤホン両耳に入れて脳に響かせる808 / 走る京王線 / 都営新宿線 / 通うもう9年 / 遠くに遠くに遠くに遠くに遠くには行けない訳がある……」(I Can't Go For That / ECD)

直接の知り合いではないが自分の人生に重大な影響を与えた人のことについて語ろうとすると、どうしても自分の人生を語ることになってしまう。

初めてECDを聴いたのはいつのことだったろうか。訃報を聞いてからずっと考えていた。最初に買ったアルバムは確か2ndの "WALK THIS WAY" だったと思う。北浦和のユニオンで中古で買ったのではなかったか。そして3rdの "HOMESICK" は春日部の良心、A-1レコードで中古で買ったのを覚えている。ECDくんステッカーもちゃんと入っていた。

「東京ってもうダメなのかなぁ」(ECDの "東京っていい街だなぁ" / "WALK THIS WAY" 収録)とか「チャンスだドアほら開いてるぜみんな / 後はそっと忍び込む段取り」("Do The Boogie Back" / "HOMESICK" 収録)とか、キャッチーなフレーズが耳につき印象に残っていた。インタビューか何かで読んだと思ったが、ECDが自身の声質について語っていて、「自分の声は音の成分が少なく(?すみません、うろ覚え)、系統でいうとジョー・ストラマーの声に近い」と言っていた。ラップのスキル云々よりも、ECDの存在感のある声がまず印象に残った。

最初に聴いたECDの音楽はこの二枚のアルバムだということは間違いないのだけれど、それらを買った時期がいつだったのかはよく覚えていない。ロクに就活をしないまま卒業し、そのまま何も考えずダラダラと実家暮らしのフリーターとして暮らしていたころのことだったと思う。

大学在学中から地元の友達とバンドをやっていて、卒業してからも一応バンド活動は続いていた。たまにライブハウスのブッキングで平日にライブをしたりして、対バンのバンドがなんだかみんなNUMBER GIRLの影響丸出しみたいなのばっかりで、いわゆるロックバンドのフォーマットの音楽めちゃくちゃつまんねえな、という気持ちを募らせていたのをよく覚えている。

実家でうだうだ惰性でしかないフリーター生活をし、やっていたバンドも正直そこまでの熱意があったというわけでもなく、自分が何をやりたいのか、どうなりたいのか分からない、ほんとに未来も希望もないしょうもない毎日を送ってひたすらくすぶり続けていた。

そんなある日、LESS THAN TVのイベントとかで度々名前を目にし、またインパクトのあるビジュアルもあって非常にその存在が気になっていたサイプレス上野とロベルト吉野がついに1stアルバムをリリース!というニュースを目にし、新宿のタワレコの試聴機に入っていた彼らの1st「ドリーム」を聴いたとき、視界がパッと開けた気がして、泣き出したくなるような気持ちになった。

それから現行の日本のHIPHOPが俄然気になりだしたところ、2008年~2009年にかけてタワレコのサイトで「サイプレス上野のLEGENDオブ日本語ラップ伝説」という連載が始まる。サイプレス上野と東京ブロンクスの両氏がゲストを交えつつ思い入れたっぷりにレジェンドたちについて語ったこの連載は、情報量と熱量ともに非常に多く、自分がリアルタイムでは体験してこなかった日本語ラップシーンが追体験できるようで、とても愛読していた。ちなみにこの連載は後に書籍化されている。あと当時はダメレコCEOだったダースレイダーのブログも毎日チェックしていた。多分この流れで上で挙げたECDの2ndと3rdを買ったのではなかったか?

そして2009年、同じく新宿のタワレコの試聴機に入っていたPSGの "DAVID" とslackの "Whalabout?" を何の気なしに聴いてみたら、これまた目玉の飛び出るような衝撃を受け、それからはもう完全にHIPHOPに夢中になっていく。

……のだが、自分がECDの音楽とちゃんと出会ったのは別のルートかも知れない?

大学在学中にボアダムスのEYヨが表紙のSTUDIO VOICEで特集されていた "NO WAVE" 、その中に載っていた中原昌也によるスロッビング・グリッスルの記事。暴力温泉芸者~Hair Stylisticsの音楽と、SPAで連載されていた映画評「エーガ海に捧ぐ」を読んで中原昌也の表現に夢中になり、彼の連載でECDのアルバムが素晴らしい、と書いてあるのを見たのをよく覚えている。ので中原昌也からECDにたどり着いたという流れかもしれない。

古本屋でECDの著書「ECDIARY」をこの時期に購入して読み、ECDの率直な物言いと淡々とした文体、また彼の実直なアティテュードに衝撃を受ける。この本を読んだことによって「ラッパーECD」から「生活をしながら音楽を制作し、また文章を書く表現者・ECD」というイメージが自分の中で出来上がった。2004年の自衛隊イラク派遣反対デモ等、あらゆる問題を他人事ではなく自身の生活の延長上にあることと考え、おかしいと思うことに対しては声を上げる。「失点インザパーク」のアルバムのジャケのエピソード等、実家暮らしで何も考えずボンヤリと生きてきた当時の自分にとって、この本は生活の中で社会とコミットするということを生々しく教えてくれた。頭をガツンとぶん殴られるような目の覚めるような思いだった。

中古で買ったECDのアルバム "Crystal Voyager" を聴いて腰が抜けるような衝撃を受ける。Rolandの名機TR-808とTB-303の実機で作られたこのアルバムは、シンプルだが激アシッッッドな中毒性のあるトラックに、これまたキャッチーなECDのラップが乗る大傑作であった。「E is for Easy, C is for Cheap / D is for DopeでDangerous / 簡単 安い ヤバい 危険 / 簡単 安い ヤバい 危険」(E.C.D / "Crystal Voyager" 収録)「チャラチャラしてるだけで命がけ / ヘラヘラしてるだけで嫌がらせ」(Copying Kills Capitalism / 同アルバム収録)などなど、分かりやすくヤバいパンチラインだらけの凄まじいアルバムだ。それからユニオンなどでECDの昔のアルバムを見かけるたび購入し、欠けたピースを少しずつ埋めるように聴いていった。

ECDの自伝「いるべき場所」も古本屋で購入(さっきからCDも本も中古でばっか買ってるな……このころはしがないバイト暮らしで金がなかった、すみません)して貪るように読む。デヴィッド・ボウイとの出会い、山崎春美との出会い、セックス・ピストルズとの出会い、そしてHIPHOPとの出会い、さんピンCAMPの開催、そしてアル中生活……。70年代から80年代、そして90年代とポップミュージックが移り変わっていく様を、自身の体験として瑞々しくまた生々しく綴ったこの本は、ECDの半生を綴った内容であると同時にポップミュージック / カウンターカルチャーについての良質な歴史書でもある。この本の中でECDはHIPHOPとパンク~ニューウェイヴからの流れで出会っており、そこに自分は大いにシンパシーを覚えた。ECDはその時代時代で一番尖った表現に惹かれていった結果HIPHOPに出会うのだが、自分は全ての音楽が揃っている時代の中で、たまたま同じ道筋でパンク~NEW/NO WAVE~HIPHOPにたどり着いたからだ。話は逸れるがSTONES THROWの首領、Peanut Butter Wolfも元々Baron Zenという宅録パンク /  ニューウェイヴユニットを十代のころにやっていたし、その流れでHIPHOPにたどり着いた人に対して自分は勝手に共感してしまうし、そういった人たちはHIPHOPを聴いてHIPHOPを始めた人たちよりも面白いことをやっていることが多いと思っていた。今では最早そんなことは関係なく、HIPHOPは目まぐるしいスピードで世界中でアップデートされ続けているのだが……。

自分は2010年にツイッターを始めた。ECDももちろん即フォロー。日々のツイートから、よりECDを身近な存在として(勝手に)感じられるようになった。そして自分にとってリアルタイムで新品で購入したECDの初めてのアルバムは「天国よりマシなパンの耳」だった。「ECDIARY」と「いるべき場所」を読んで、ECDがどんな風に曲を作っているか知っていたし、どんなことを考えて生きているかも一方的に知っている気になっていたので、当時出たこのアルバムがより一層生々しい鳴り方で聴こえた。

そして2010年の5月、自分にとって一番衝撃を受けたECDのアルバム "TEN YEARS AFTER" が発売される。一曲目の "I Can't Go For That" から脳天をブチ抜かれたような衝撃が走る。最新のUSのHIPHOPをチェックし、当時最先端だったサウスのバウンシーなビートを808の実機で(!)曲に取り入れ、さらにライムもタイトになり非常にソリッドかつルードかつキャッチーかつ……言葉にならないくらいの大傑作なのであった。

リリックの内容もより生々しく自身の生活をさらけ出すものに変わり、結婚し子供を育てる日常の中で音楽を作るということ、その決意に満ちた力強いもので、全てがパンチラインといっても過言ではないものだった。このアルバムを聴くことによって、パーソナルな表現が直球で人の胸を打つ力強い普遍性を持つということを改めて思い知らされた。

その中でもアル中時代の自身の生活を振り返った「Time Slip」(つまづけたころ / タイムスリップ / つまづけたころ / タイムスリップ というフックのリフレインが今聴くと別の意味を持ってしまい切ない……)や、ギャングスタラップでよく海外のラッパーたちが自身のハスリンライフを重ねてリリックのモチーフにする映画スカーフェイスの麻薬王トニー・モンタナを、ECD流のHIPHOPに対する回答としてラップする曲「Tony Montana」もECDの誠実さとHIPHOPに対する憧憬、日本のHIPHOPのオリジネイターの一人としての誇り、HIPHOPを選んだ表現者としての誇り、それらが全て込められた壮絶な大名曲であった。「金 車 女 HIPHOP 銃 薬 ラップミュージック / トニモンタナ トニモンタナ トニモンタナ トニモンタナ」「金 しがないバイト暮らし / 車 免許も持ってない / 女 37まで童貞 / HIPHOP ごめん落ちこぼれ / 銃 全く縁がない / 薬 コカインやりかけた / ラップミュージック 今でも買ってるCD / 自分で作って売ってる音楽」(Tony Montana / "TEN YEARS AFTER" 収録)金・車・女・銃・薬とギャングスタラップの世界でステータスとされている物を挙げ、それらとは全く正反対の現状を率直にラップして自分の憧れる「HIPHOP」に対して自分を「落ちこぼれ」だと表現する。そしてその後に続く「ラップミュージック今でも買ってるCD自分で作って売ってる音楽」というラインがひたすら熱くそして感動する。

このアルバム "TEN YEARS AFTER" は自分にとってとても思い入れのある作品であり、糞みたいな生活を送っていた当時の自分はこのアルバムを何遍も繰り返し聴きながら背筋の伸びるような気持ちになったのをよく覚えている。

このアルバムが発表された頃のインタビュー等でECDが名前を挙げていたことにより、自分はミンちゃんことMinchanbabyとCherry Brownというヤバくて才能あふれるラッパーたちのことを知ることができた。常に最先端のHIPHOPを追いかけているECDの姿勢に震えたものである。

初めてECDのライブを観たのは今はなき青山のelevenで2010年10月27日に行われた "HARDCORE FLASH" というイベントで、この日初めて観たCherry Brownのライブのあまりのフレッシュさにノックアウトされ、またRAU DEFのステージに客演として登場した5lackの神童っぷりに震えた。確かPUNPEEがバックDJで三人でじゃんけんしてフリースタイルとかやっていた気がする。そしてECDのライブはイリシットツボイがターンテーブル1 and 2、そしてECDがRoland W-30をセットし鍵盤でサンプルを再生しながらマイクスタンドに付けられたマイクでラップするというお馴染みのセットで、何遍も聴きまくっていた "TEN YEARS AFTER" の曲たちが目の前で演奏されていることにいたく感動した。そしてこの日のサプライズとして、Kダブと一緒に十年以上ぶりに「ロンリー・ガール」が演奏されるというのもあって、フロアーは大いに沸いたのだった。

それからは機会があるたびECDのライブに足を運び、THREEでのレスザンのイベントか何かの日、出番を終えて廊下で談笑しているECDを見かけるもびびってしまって声をかけられなかったり、BUSHBASHでのワンマンライブ(開演前・開演後のDJも全てECDがやる本当のワンマン)を観に行って運よく一番前で終始ライブを観て、全ての曲のライブを終えたECDが「ありがとう!」と大きく手を振るとすぐにステージを降り自分の真横を通り過ぎてラウンジのDJブースへ走っていったり、イリシットツボイの曲間の煽りがなかなか終わらないのを横でジッと待っている姿とか、一回だけいつまでも続く煽りに業を煮やしてイリシットツボイを蹴るようなそぶりを見た覚えがあるが、その頃に観たライブはどれも素晴らしく、「憧れのニューエラ」をKATAかどっかでのライブで初めて聴いたときは泣きながら踊った覚えがある。

自分も未来のない実家暮らしのフリーターから無事ブラック企業に就職して働きだすと、より一層ECDの音楽が刺さるようになり、またDatpiffをはじめとするMIXTAPE文化も目新しくて色々ダウンロードして聴いたりと、過酷な現実から逃げずに真正面から向き合い闘うための音楽 = HIPHOPという図式が自分の中で出来上がったのが2012~2013年頃だと思う。

いつかECDに自分のオーガナイズするイベントに出てほしいとずっと思っていて、南池袋ミュージックオルグ(R.I.P.)という場所でレギュラーでやらせてもらっていた "HOMEWORK" というイベントの第7回目のとき、ECDをフィーチャリングした "Trouble Makker" という曲を含むアルバムをリリースしたSIMILABのRikkiの出演が決まっていたこともあり、このときに初めて出演のオファーをした。しかし残念ながらECDの仕事の都合でどうしても出演できないとのことで、RikkiとECDの共演を観ることは叶わなかった。そのときは既に自分のアルバム "HOMEWORK" をリリースしてSoundcloudに全曲アップしていたので、オファーのメールに「自分の音楽はこんな感じです」というふうにECDに送っていたはずだが、果たしてECDがそれを聴いたのか、もし聴いてくれたとしたらどう思ったか、今では知るよしもない。この出演依頼のメールのやり取りだけが、ECDと自分が直接やり取りをした唯一の接点である。その一連のメールは今でもメールボックスに残っている。

それからミュージックオルグが閉店し、自分はどんどん頭がおかしくなり鬱病の予兆のようなものが出始め、音楽どころではなくなってしまった。

ライブに遊びに行ったりとかそういうことも減ってきて、そんな中で自分がECDを再び目撃するようになったのはクラブやライブハウスではなく、安保法制反対デモなどのストリートにおいてであった。

当たり前のようにいつもデモの中にいて、当たり前のようにおかしいことに反対する。デモの隊列の中にECDのあの大きい背中を見つけると安心感がすごかったのを思い出す。デモ隊の列幅が警官隊によって縮められそうになったとき、最前で警官とやりあい最後まで抵抗するECDの姿をよく覚えている。

ただ、ツイッター上でECDの発言を見ていて、差別などに対する反応の激しさに自分の中で少し引いてしまう部分もあった。そんな自分に対して(意味不明なのだが)後ろめたさを感じてしまうこともあった。

そんな中でリリースされたアルバム "Three Wise Monkeys" 、出てすぐに購入したが何故か聴く気になれなくて、ずっとそのままにしてあった。自分の頭で考えて行動し、進み続けるECDに対して妙な後ろめたさがあったのかもしれない。

2016年、自分は鬱病でずっと気が塞いだまま過ごしていた。ツイッターを辞めていた間は本当に見てなかった。なのでこの年にECDに何があったのかはほとんど知らない。久しぶりにログインしたツイッターで、ECDが癌になったことを知った。

2017年、同じく自分は鬱病のまま。秋が来て、自分のレーベルのこと、ユンキーのことを本格的に動き始めてきたころ、普段はほとんど行かない会社の近くの本屋に何となく立ち寄ると、雑誌クイックジャパンが目に留まる。クイックジャパンってまだ出てたのか……そう思って手に取りペラペラめくると、癌との闘病生活でめちゃくちゃ痩せてしまったECDの家族写真が載っているのでとても驚いた。この秋に新しい著書「他人の始まり 因果の終わり」も出るという。このクイックジャパンは買わなくてはいけないと思い、買って帰った。すっかり痩せてしまったECDがアディダスのセットアップを着て家族と散歩している姿はとても格好良かった。

普段は全く見ないドミューンも、ECDがDJするとなると観るしかないと思って観た。サディスティック・ミカバンドの「タイムマシーンにおねがい」が切ない。でもSuicide→ガセネタの流れは震えた。

ECDの最新の著書、「他人の始まり 因果の終わり」と文庫化された「ホームシック生活(2~3人分)」とMinchanbabyの「たぶん、絶対」を新宿のタワレコで買った。「他人の始まり~」を読んでいると、壮絶な癌との闘病生活の様子が書かれているのだが、入退院を繰り返して大変な思いをしてもタフに病気と闘うECDの姿は、不思議と安心感を与えてくれた。ECDのことだからきっと大丈夫、絶対治って60、70、80までラップし続けるだろう、そう思っていた。

2018年の1月、東京に大雪が降ったその二日後、自分がツイッターで「死にたい」とか喚いていたちょうどそのくらいの時間に、ECDは息を引き取った。それを知った自分はまたしてもばつが悪い気持ちになった。

ECDは自分にとって「おれはこう考えるからこう行動する(で、お前はどうなんだ?)」と常に問いかけてくるような存在だった。音楽も子育てもデモもカウンターも、全てが自分の生活と繋がっていることを知っているからこそ、常に行動していた。

ECDの著書の中で頻繁に出てきた「録音データをツボイくんに送り、これで自分がいつ死んでも最新作はリリースされるので安心する」という表現。そしてECDの訃報が流れたあとのイリシットツボイがツイートしたスタジオの写真には、ECDの愛機Roland W-30が写っていた。

"TEN YEARS AFTER" のアナログを聴いて、"憧れのニューエラ / ラップごっこはこれでおしまい" の12インチを聴いて、"君といつまでも" の7インチを聴いて、ECDが音楽の中に生きているのを知ってとても驚いた。ECDの音楽を再生している間はECDはいつでも甦る。こんなに頼もしいことはないと思った。

この日の夜はクタクタに疲れてしまってECDの死もショックだし何もできん、寝よう……とも思ったが、それは絶対違うだろうと思って思いとどまった。ECDが死んでしまった。じゃあどうするか。音楽を作ろう、そう思ってサンプラーを立ち上げ、レコードをタンテに載せ、良さそうなフレーズをサンプリングしていく。

ECDさん、お疲れ様でした。どうもありがとうございました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。

(文中 すべて敬称略)

2018年1月25日木曜日

2018年1月24日(水)

夢に好きな人が出てきて、目が覚めたあとに落ち込む。

昨夜購入したFrank Oceanの "Blonde" を聴きながら凍った道路を歩き出勤。2012年リリース作の "channel ORANGE" は聴いていたがそれ以降の動きは追っておらず、いきなり聴いた "Blonde" はあまりに表現に鬼気迫るものがあり驚く。最初の一音の感触からしてこれはただごとではないぞと思う。真冬の寒い朝の空気と低い太陽からの日差しにFrank Oceanの祈りのような歌声がよく合っているように思った。そして、butajiのことを何となく思い出した。

朝から倉庫作業。鬼寒いが無で何とかこなす。

倉庫作業を終えて社長と二人オフィスへ向かう道すがら、道路上に残る雪についた車の轍の間に溜まった雪にタイヤを取られてしまっておじいさんの運転する軽自動車が往生しているところに遭遇。車二台ぎりぎりすれ違えるくらいの狭い道路のため、向こうから来た対向車に乗っていたおじさんも降りてきてみんなでおじいさんの軽を押して何とか雪から脱出させる。数度のトライによりおじいさんの軽は車庫に入ることができた。車のタイヤが雪に取られて嵌ってしまうと一人ではどうにもできないくらいテンパってしまうというのは痛いほど分かるので、人通りの多い道で良かったと思った。雪にタイヤを取られて嵌ってしまったときはアクセルを吹かさないこと、また車を押すときは反動を利用して一気に押すこと。

オフィスに戻り無。どんどん落ち込んで気が塞いでいく。昼食を取ったあと雪が多く残る公園のベンチに腰掛けて目をつぶってiPodで音楽を聴いていた。日光を浴びれば少しでもましになるかと思い、ひたすらじっとしていた。

無のまま限界を迎えて退勤、フッドのチャイニーズレストランが定休日だったため別の店で何も考えず食事し帰宅。

ツイッターでフォローしている武田いづみさんが出した詩集「ポカポカ」、自分の心がめちゃくちゃになっていた二年前に購入して読んでいて、また読みたいと思い昨夜家中をひたすら探したのだけど見つからず、だけどこの夜は何となくここか?みたいに閃くものあり、そこを見てみたら思ったとおり本が見つかった。

ツイッターでその旨ツイートするとご本人よりリプライをいただき、本の感想を直接伝えることができたので良かった。

武田さんのブログを読んで受け取ったものがあったので、ちゃんと届いてますよ!というお返しがしたかったのだった。

横になり音楽を聴いて、つらくてつらくてしょうがなくなり、何をやってるんだかわけが分からなくなってしまって、ツイッターでめちゃくちゃなことたくさん書いてしまって、咳止めシロップ飲んで薬飲んで気分が楽になるまで横になってジッとしていたらいつの間にか寝てしまっていた。とてもつらい日だった。

2018年1月24日水曜日

2018年1月23日(火)

大雪が降った翌日。何で昨日こんなめちゃくちゃ雪降ったのに次の日は普通に出勤しなくちゃならないのか。JRはじめ各鉄道会社の皆さんも何とか電車が走るよう尽力してくれるのはとてもありがたいのだが、大雪が降ったときはみんなで昼前くらいまでゆっくり寝て、雪が結構溶けてきたかな?ていうくらいのころから雪かき等し始めたらいいと思う。無理に平常運転に戻そうとしなくてもいい。

ということで昨夜PCを抱えたまま悪夢を見て浅い眠りから覚めると遅刻ぎりぎりの時間だったが上記のとおり何で無理に平常運転しなくてはいけないのか意味が分からないため遅刻してもいいやと思ってのんびり仕度して家を出る。一応会社には雪の影響で遅れますとメール入れとく。雪に隠れた犬糞(けんぷん)をうっかり踏みそうになってしまい危なかった。

凍った路面をつるつる言わせながら歩いて出勤。無の気持ちで働く。

午後~夕方くらいになるとほんと使い物にならなくなるので死ぬ。コーヒー飲みチョコレート食べカフェ~ンと糖分を投入することにより無理やり死んだ脳みそに鞭打ってどうにかしようとするのだがコーヒー飲みすぎてわけが分からなくなる。日が暮れると急に冷え込んできてつらい。

帰り際になって、翌日早起きしなくてはならない仕事ができたため一気に気持ちが落ち込む。

帰路ぼんやりしていたら降りるべき駅を通り過ぎてしまい次の駅で電車乗り換えて逆戻りし、フッドのチャイニーズレストランで夕食。

ツイッター見てたら流れてきた新譜リリース情報の中に「自称 人望のないダニエル・ジョンストン」というキャッチコピーを売りにしてる人のやつが流れてきて具合が悪くなってしまった。悪気あってそう名乗っているのではないということはもちろん分かっているが、自分がダニエル・ジョンストンに対して特別強い思い入れがあるので見ていてイライラしてしまった。ダニエル・ジョンストンは基本ビートルズとマウンテンデューが好きなデブのきちがいであり、病気からくる奇行でめちゃくちゃ人に迷惑かけるヤバいやつだよ!でも作り出す音楽やドローイングがとても素晴らしいので周りにサポートしてくれる優しい人たちが集まっているというだけで、そういう意味でいうと人望があるというよりも温かい目で見守られているというニュアンスが近い。以上がダニエル・ジョンストン警察からの横やりというかキチガイのうわ言だが……。老害丸出しの横やりを入れたからには「自称 人望のないダニエル・ジョンストン」の人のCDが出たら買って聴こう。

全てがしんどすぎるので帰宅即横。布団の中でiPodでヨンリーンの2016年リリースのEP "Frost God" 聴きまくる。このEPからのシングル "Hennessy & Sailor Moon" はもちろん最高だが、最後の曲の "Get It Back" も超最高ということに気づく。ヨンリーンの復活宣言ともとれる高揚感にあふれた曲。

それから横になり続け最近購入した作品たちをiPodでしばらく聴く。PCのスピーカーで聴くのは音がくそだから絶対に嫌なので、CDRにわざわざ焼かない限りは必然家の中でもiPodで聴くことになる。

田島ハルコさんの "奇跡コントローラー" 、イヤホンで聴くと細部の作りこみがすごくて唸ってしまう。そして "PINK HIZIRI" のepも続けて聴く。タイトル曲の尊さがすごくてこちらも唸ってしまう……。血を流しながら生を全肯定しようとするその姿勢がかなり切実なものあり震える。これは名曲、名盤や!タイトル曲の "PINK HIZIRI" のビデオ、超いいので良かったら是非観てみてください。

ここでタジハルさんの音楽に背中を押された気がしたので横から縦になりコーヒーを淹れやらなくてはいけないことと向き合い戦闘開始。絶叫しながらPCと格闘し何とかかんとか激闘の末、ついにここ数週間の懸念であったことを片付け土下座しながらメール送信し終わる。

PCいじっていた流れでツイッターのタイムラインに流れてきた曲をいくつか聴いてみる。そしたらあまりにも陳腐だったため言葉に詰まってしまった。理由は分からないがひどく落ち込んでしまう。別にこの世に存在するありとあらゆるものに対してリアクションする必要など全くないのだが、今年は購入したり聴いてみたりした作品にはどんどん言及していくという姿勢でいくことにしたので(作品について言及する人がいるということはプレイヤーにとってはめちゃくちゃ励みになることだと思っているので)一応思ったことをツイッターに書いたが、簡単に言うと「この人はいったい何を考えてこの曲を世に出したのだろうか?」という感じのところにまで考えがいってしまって一人で勝手に消耗してしまった。多分このとき自分が聴いたいくつかの曲たちの背後にインターネットの大海に無限に散らばる「誰も見ていないところで流れている滝」たちの気配というか怨念というか巨大な虚無の気配を察知したからかもしれない。もしくは自分の気が狂っているのかもしれない。すごい調子悪いし。

寝る前にiTunesでFrank Oceanの2016年作 "Blonde" とヱスケー "気持ちをちぎって捨てたくなる" を購入しiPodに入れる。フランク・オーシャンはこのアルバムにヨンリーンが参加しているのを知ったため。後者のほうは何か気になったため。

薬飲んでへろへろになりながら、二年前に買った本がどうしても読みたくなり部屋中を探すが見つからず。諦めて布団にもぐりケータイのアラームを普段より早い時間にセットし眠りにつく。

2018年1月22日月曜日

2018年1月19日(金)~1月21日(日)

2018年1月19日(金)

死にながら仕事。死んでる割にがんばった方だと思う。

帰途フッドのチャイニーズレストランで夕食を食べ帰宅。年が明けて初めてのフル勤務の一週間であったが非常に疲れてしまった。体力の衰えがすごいのでどうにかしないと。うだうだしていてよく分からないうちに寝てしまう。

2018年1月20日(土)

郵便配達の人がレコード持ってきてくれたので起きる。バナナ食べ薬飲み布団に戻るといつの間にか寝てしまう。目を覚ますと外はもう暗くなっており、次に目を覚ますと外が明るくなっていた。眠りが浅く悪夢を大量に見て消耗する。とてもつらい内容だった。

2018年1月21日(日)

佐川急便の人がCDレコード持ってきてくれたので起きる。バナナ食べ薬飲みコーヒー買いに行って、先日届いた田島ハルコさんの新譜 "奇跡コントローラー" を聴く。ポジティブな決意と祈りに満ちた一枚。息の詰まるような思いをさせ人々を苦しめている「世間」や「一般常識」に対して、キラキラした満面の笑顔で中指を立てて見せるタジハルさんの姿が見えるようだ。彼女のTwitterのプロフィールに書かれている「ベッドルーム・ハイファイ・エレクトロ巫女」(※2018年1月22日現在)の名の通り、彼女自身の手によるハイパーでポップで躍動感あふれるトラックは、その歌詞と同様にどんどん表現のスケールを広げている。今年こそ世界規模でブレイクしてほしいと強く思う。

この週末にやらなくてはいけないことが四つあったのだがそのうちのひとつをやるため○日振りに風呂に入る……絶叫しながら。何とか入浴に成功したが全体力を使い果たしてしまう。

それからえらい時間をかけてそのやらなくてはいけないことをひとつ終え、ようやく終えたころには20時を回っていた。

それからフッドのチャイニーズレストランで夕食を済ませ、帰宅して洗濯機を二度回し、ランドリーの乾燥機にぶち込む。疲れきってしまいあと三つあるやらなくてはいけないことは今夜は諦め、朝早く起きることができたらやりたい……と思い寝る。

2018年1月18日(木) 2015年のヨンリーンのこと・他

朝外へ出ると夜に降った雨のせいで路面が濡れているが青空が広がりそして空気が暖かかった。

木曜ともなると全てが終わっていき脳が働かない状態で仕事。ぼんやりしており財布に金が入っていない状態で昼食を食べた結果代金を支払うことができず、事情を話して運転免許証をお店の人に預けて近くのATM(オート・ターミナル・マネーシステム)でお金を下ろしたのち店に舞い戻り食事した分の代金を支払い運転免許証を返却してもらう。

午前中は晴れていたが午後から雲が広がってきて、また低気圧が近づいてる予感がして何もできないので閉店状態になる。そんな状態の中どうにかこうにか仕事をやっつけ退勤。

無なので食事ができない状態にあり富士そばで夕食食べて帰ったほうが楽なのは分かりつつも食欲なく素通り。代わりにコンヴィニで冷凍うどんとコーヒー買い帰宅し横。

今ヨンリーンの音楽に夢中になっているため色々ネットで調べていたら、YouTubeにアップされている彼のビデオ("Red Bottom Sky")のコメント欄で「彼は(このビデオで)めっちゃしんどそうに見えるけど、今は精神的に良くなってるといいな」と書いている人がおり、そのコメントに対して「FaderのMiamiの記事は読んだか」という返信があった。

ヨンリーンのこのビデオ("Highway Patrol")は初めて観たとき明らかにアメリカのどっかで撮影されてるなと思ってたけど、これマイアミだったのか、と思ってマイアミにいるときに何かあったのか、つーことでそのFADERの記事("Yung Lean's Second Chance")を読んでみると、とても重い内容だったが、2015年にヨンリーンと彼のクルーSad Boysに何が起きたのか、ということから始まって彼らの暮らすスウェーデンにおけるインディーミュージックシーンやアメリカのカルチャーがいかに北欧の若者たちに影響を与えているか、ということにまで言及された非常に読み応えのある記事であったので、下記に要点をまとめる。

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・2015年の初め、Yung Leanは3作目のアルバムを制作するためSad BoysのクルーであるBladee、Yung Sherman、そしてヨンリーンのマネージャーEmilioとともにマイアミを訪れていた。このときYung Leanは18歳。Yung Shermanは20歳、Bladeeは21歳だった(みんな若い!)。

彼らのマイアミ滞在をセッティングし、また世話をしてくれたのはアメリカで "Hippos in Tanks" というインディーレーベルを運営していたBarron Machatという人物。「新時代のアバンギャルド・ミュージック」を掲げた彼のレーベル運営と音楽に対する情熱はアメリカのエクスペリメンタルな音楽シーンで深く愛され、また尊敬されていた。ちなみに彼の父親はエンターテイメントを専門にした弁護士で、オジー・オズボーンやボビー・ブラウンなどを担当している大物であった。

・マイアミのスタジオでの制作をあらかた終えた彼らはスウェーデンに帰ろうとするが、Yung LeanとBladeeはマイアミに残って何回かライブをし、そしてNYへ向かうという。この時それを聞いたYung Shermanは、彼らの滞在延長は「(既にスタジオワークを終えているのに)不必要なことだと感じた」と語っている。

この時点で既にYung Leanはドラッグにズブズブに嵌ってしまっていた。リーンだけでなく、ザナックス、マリファナ、そしてコカイン。

重度のヤク中となってしまったYung Leanは夜通し起き続けるようになり、ナース服を着たりナイフを持ち歩いたりと奇行が目立つようになる。またバルコニーに座ってiPhoneで "Heaven" なる小説を書く。これは幼少時に見た「人々がねずみに変わっていく」悪夢を元にしたストーリーらしいが、これを読んだBarronは内容がダーク過ぎるから書くのを止めろとYung Leanに伝えている。

・2015年4月7日、BarronはYung LeanとBladeeを自宅に残して出かける。するとYung Leanは突然鼻血を流し始めた。Snapchatでスウェーデンにいる彼のガールフレンドと話そうとログインしたとき、偶然彼女も鼻血を流し始める。ドラッグでぶっ飛んでいたYung Leanはこの時完全にドラッグによる幻覚と現実との境目を失い、Barronの部屋の椅子や家具をブン投げ彼の自宅を破壊し始めた。彼とともにいたBladeeが911に電話したとき、Yung Leanは血まみれになっていた。

・Yung Leanは病院に搬送されたときひどく分裂症的な状態になっていた。その日の深夜(4月8日の早朝)Yung LeanはBarronにマイアミでレコーディングした音源のファイルを全て引き渡すよう懇願する。

連絡を受けたBarronが車で出発したとき、助手席にはHunter KarmanというLA出身の21歳の若手プロデューサーが乗っていた。警察の報告によると、彼らの車が車線を越えて信号機のポールに激突したとき、およそ時速60マイル(約時速100km)のスピードが出ていたという。グシャグシャになった車が交差点に停まるとエンジンから炎が吹き上がった。通行人たちが車の中からHunterを救助するが、Barronは車に挟まれ助け出すことができなかった。彼は車の中で亡くなった。Barronの父StevenとYung Leanによると、Barronはこの時ザナックスを服用していたようだった。

・この悲報が知られると、Barronを慕う多くの人々がネット上で哀悼の意を表した。彼の人柄や情熱がいかにアーティストたちを勇気づけ、また彼らのために様々な機会や場所を作ったか、彼の偉大な功績を記憶に留めようとする投稿が絶えなかった。

この悲しい事故があったとき、Yung Leanの父親がスウェーデンから息子の入院している病院へとやってきた。最初Yung Leanは彼の父親を認識できなかった。この病院に4日間入院した後、二人はスウェーデンへ帰ることになる。

・スウェーデンではSad BoysのプロデューサーであるYung GudがYung Leanのアルバムを完成させようとスタンバイしていた。しかしマイアミから戻ってきたレコーディングのファイルはひどい有様で、いくつかパートが欠けていたりボーカルトラックがひどく歪んでいるようなものだった。Yung GudはYung Shermanとともに1ヶ月かけてそれらのファイルを何とか再構築し、そしてYung Leanにもう一度ボーカルをレコーディングするよう連絡する。

2015年の11月、アルバムからの1stシングルとなる "Hoover" のビデオが公開。2016年にはアルバム "Warlord" がリリースされ、それに伴うワールドツアーがアナウンスされる。これはYung Leanたちが再びアメリカを訪れるということを意味した。

・このアナウンスが発表されたわずか5日後、突如 "Warlord" のブートと思しきアルバムがSpotifyにて公開される。このブート盤の正式タイトルは "Warlord (This Record is Dedicated to the Memory of Barron Alexander Machat (6/25/1987 - 4/8/2015))" 。落書きのようなヨンリーンが中指を立てているイラストのそれは、聴いた人によると「未完成」な印象で、そして事故で亡くなったBarronが運営していたレーベルHippos in Tanksへのトリビュートを思わせる "Hippos in Tanks A division of the Machat Co" というコピーライトが付いていたという。

この "Warlord" ブート盤をアップロードした人物は、事故で亡くなったBarronの父親であり、そしてレーベルHippos in Tanksの共同運営者であったSteven Machatその人であった。

・StevenはYung Leanたちのアルバム制作に出資し、金銭面でサポートをしていた。そのためこの "Warlord" のデモ・ブート盤をリリースする権利があると考えていた。そして亡くなった息子に捧げるために。StevenはYung LeanがBarronの葬儀に出席せずスウェーデンに帰国したことを強く非難した。このブート盤リリース騒動も含めて、Yung LeanたちとStevenの間に深い怨恨が残ることとなってしまう。

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以上が2015年、マイアミでYung LeanらSad Boysの面々に起こったことの全てである。年端もいかぬ若者が成功を手にし、すぐにドラッグに嵌ってしまう現実。よくあるロックスターの栄光と没落のストーリーの形式を踏襲しているように見えるが、年齢の若さと成功を手にするスピードというのが90年代なんかと比べると全然違う。

特にリーンやザナックスで命を落とす若いラッパーが最近後を絶たず、海外では大きな社会問題となっている。

上で紹介したFADERの記事によると、このマイアミでのことがあって以降、Yung Leanはドラッグを辞め、クリーンに暮らしているらしい。

記事の後半に載っていたヨンリーンの幼少期の話やスウェーデンのインディーシーンからフックアップされた話など、とても面白かったので元気と時間があるときにまた訳して紹介したいと思う。

2018年1月18日木曜日

2018年1月17日(水)

曇天の寒い日。全然頭が働かないため何も考えず仕事をする。

夕方から雨が降り始めた。とても冷たい雨。

仕事終え友人と会う約束をしていたので会いに行き共にラーメンを食べる。整列、点呼、生存確認。終わりのない与太話、スティーブ青木の無重力ライブ、モトクロスバイクレース・ラスベガス編、オリジナル・ラブの曲 "Wall Flower"、グロリアスレボリューションサンプリング、深い森の味のするハイボール、冷たいミルクに溶けて胃に沈んでいくラム酒チョコレートライカジャックとローズ from タイタニック、経理担当、異星人とのファーストコンタクト担当、宇宙艦内保安担当の三人だけで旅する宇宙旅行、回り続ける3Dのトリケラトプス、イエティは実在する、etc、etc……。

血を流している魂を見、色々考えながら歩いて帰ろうとしたが駅から出るころには結構雨が降っていたので最終バスに乗り帰る。深夜バスは運賃が倍。

コンビニでコーヒーとタバコを買って帰宅し、飲んでるうちに甘いもの食べたくなったがみかんを二つ食べても収まらず、チョコレートでも買いに行くかと思うが眠気がひどく、バナナ食べて終わりにする。薬飲み眠る。

2018年1月17日水曜日

2018年1月16日(火)

中二のときに亡くなった祖父がまた亡くなってしまい六畳間に遺体を寝かせて一人それを見守っていたところ、突然祖父が両手を上げたりバタバタしたりし始めて、これは死後硬直の反応で遺体が動いているんだなと思いドキドキしながら見守っていると、死後硬直ではなく祖父が生き返った。慌てて実家に電話しておじいちゃん生き返ったよと伝えたが実は祖父は半分ゾンビの状態で生き返っており、本当に生き返るためには熊野古道の奥にある秘宝を入手しその秘宝を飲み込んだのち排泄した糞の中に隠れている奇跡の虫を祖父の体内に注入しなくてはいけない。半分ゾンビの祖父とともに険しい熊野古道を進んでいき、妖怪たちの潜む奥地へと辿り着きどうにか秘宝を入手した。それを飲み込み、いざ糞を垂れんと震える手でコップに入った下剤を持ってロケットに乗り込む。という夢を見て目を覚ますと、家を出なくてはいけない時間であったため慌てて家を飛び出す。

仕事。疲れている……。

適当にやることやって切り上げ、帰路フッドのチャイニーズレストランにて夕食。ここの店は米が美味しい、ということに最近気づいた。会社のそばのチャイニーズレストランで出てくるご飯は食感がかなりプラスチック米に近いので。おかずはどちらのお店もうまい。

帰宅し横。疲れ切っており何もできる気がしない。めちゃくちゃだるい。何でこんなにだるいんだ!と思ったら西日本は天気が悪いらしく、低気圧が近づいてきているせいだった。じゃあしょうがない、ということで、元気出るまで音楽聴きながら横になる。

0時を回るくらいになってようやく何となく元気が出てきた気がしたので、5万年ぶりに家のPCを立ち上げることに成功した(仕事で毎日PCとにらめっこ状態なので家でPC開く気にどうしてもなれない)。

昨日聴いたヨンリーンのニューがあまりにも素晴らしかったため、現行のHIPHOPもっと色々聴いてみたいぜ!という気分になったのでiTunesで色々買う。BASEDGOD先生の "BLACK KEN"、Weny Dacillo "AMPM2018"、Yung Lean "Warlord" ほかSAD BOYS周辺の人たちのあれこれ、dodoのシングル、Cardi Bなどなど。

ツイッターで話題となっていた小袋成彬 feat. 宇多田ヒカルの新曲を買おうと思ったらApplemusicまたはSpotifyのストリーミングサービスでしか聴けないっぽくて、自分の時代についていけてNASAが浮き彫りとなった。AppleもiTunesストアーからApplemusicへの全面的な移行を予定してるみたいなことどっかで見た気もするし、音楽を所有するという価値観は流行らないんだろう。iTunesで曲買ってもそれをiPodに入れるのが面倒だったりするしね。全部スマホで完結する時代だ。最近のHIPHOPシーンは音楽を所有するとかそういう次元の話ではない場所で話がどんどん進んでいるので、Soundcloudやinstagramほかそういったところを随時チェックしないと何も分からないだろう。自分は過去の人間なのでフィジカルが好きだしPCのスピーカーではなくちゃんとしたオーディオシステムで音楽を聴くほうが好きだ。でも別に上記のような今の時代の音楽のあり方の流れについて反対とか批判する気持ちは一切ない。

そして正月に慕情tracksよりリリースされたしょぼいポップス界(?)の話題のコンピレーション、「慕情 in da tracks」もDLする。サポートの意味も込めてNAME YOUR PRICEの欄にささやかながら金額を入力して購入。

ということで色々オンラインで購入した音楽をiPodにぶち込み、すでに夜も遅い時間となっていたためヨーグルト食べ歯磨き薬飲みあとは全て諦めて寝る。

90'sのマイナーG-RAPしか入ってなかった自分のiPodの中身が一気に2018年仕様になった。この日の昼間聴いてたのはDr. DREの "The Chronic" だし……(といってもドレーのクロニックはほんまもんのクラッシック中のクラッシックでいつ聴いてもFRESHで毎回新鮮な驚きと発見がある大大大名作だぜ!ナユノー!)

PCであれこれやっている間中ずっとヨンリーンのニュー、"Stranger" を何べんも繰り返し聴いていた。あまりの素晴らしさに聴きながら何度もうっとりとしてしまう。すでに2018年ベストかもしれん(リリースは2017年だが)。

そういえばこのブログのコメント欄、誰でも書けるように設定を変更しましたので何かありましたら何でも遠慮なくコメントしてください。よろしくお願い致します。

2018年1月16日火曜日

2018年1月15日(月) Yung Lean "Stranger" のこと

何かの気配を感じて目を覚ますと家を出なくてはいけないギリギリの時間だったため慌てて仕度し出かける。ケータイのアラームが鳴らなくなってしまった気がする。

バナナを切らしていたためみかんの袋を出際に掴んで持ってきたためみかんを剥いて食べながら駅まで激プッシュ。

仕事。寒いよ!水が冷たい。デスクも冷たい。無の気持ちで手を動かし目の前のことを片付けていく。

昼休憩の時間に田島ハルコさんtumblrにアップした文章を読む。自分は田島ハルコさんの表現活動および思想にシンパシーを抱いており、とても尊敬しているしめちゃくちゃ応援している。下に自分が去年彼女のライブを観たときの感想ツイートをセルフ引用しておく。才能があり、またものすごく頑張っている人には報われてほしい……そして話は逸れてしまうが才能がなくても頑張っている人、才能はあるのに頑張れない人、才能もなく頑張ることもできない人、とにかくどんなことでもつらい思いして生きてる人は全員少しでもつらさが楽になってほしい。自分がこう思ったところで何がどうなるわけでもないのは百も承知だが、自分の好きな人たちに対しては常にこの気持ちでそれぞれの活動を遠巻きに見守りながら念を送っている。


仕事終え外へ出ると非常に寒く、また土日の不摂生のためか胃が終わっている。寒い中公園でタバコ吸っていると、自分のブログを読んだ(と思われる)友人から「曲作り自分のペースで頑張れよ!」というようなメールをもらい胸が熱くなる。嬉しかった。

帰途富士そばでそばを食べスーパーでバナナ、ヨーグルト、アーモンド等購入し帰宅。

スウェーデンのラッパー、Yung Leanの去年出たニューアルバム "Stranger" が届いていたので上がる。自分が現行のラッパーで活動を追いかけている中の数少ない一人である……過去自分のブログのこの記事この記事でYung Leanことヨンリーンについて書いているが今読み返すと非常に読みづらいな。

疲れているのでとりあえずコーヒー淹れ横になり、ヨンリーンの新譜に耳を傾ける万全の体勢を整えるため休む。布団が冷てー!

横になっていると友達から連絡あり心配になるような感じがあったので思わず電話し10分ほど話す。色々考えてしまう。

再びコーヒーを淹れ、昨日激闘した片付けにより着席することが可能になったソファーに腰掛け、いよいよヨンリーンのニューを聴くぞ……とCDをデッキにセットし再生ボタンを押す。

流れてきた音はどこを切ってもヨンリーン印の美しく悲しい音楽だった。ヨンリーンが率いるクルーであるSad BoysのYung Gud、Yung ShermanらによるTRAP以降・Cloud Rap(……)以降の流れを組んだビートは非常に音数が少なくミニマルな構成となっているが、その分よりヨンリーンの曲の特異性を強調しているように思えた。そのビートの上で歌心あふれるヨンリーンのラップが乗る。なぜこんなに悲しい音楽なのか。ベタつくような感傷ではなく、どこまでも広がる無の荒野から抽出した結晶のようなメロウネスを曲に落とし込んだ、激烈に孤独で悲しく、そして信じられないくらいに美しいアルバム。

パーティーや乱痴気騒ぎとは関係のない、フロアー映えとかもしない音楽だと思うが、ヨンリーンは一人で誰もいない無の荒野を歩き続けている。Nuff Respect!!超好き。

アルバムリード曲の "Red Bottom Sky" のビデオもとても美しい。個人的にはヨンリーンが最後カートに乗り込んで一人どこかへと走り去るラストが好きだ。

何べんも繰り返しアルバムを聴きながら、平日は疲れてしまって何もできねーなとか思いながら、さっき友達と電話で話したこと、その他言葉にできないような感情が胸に渦巻いてきてしまい絶句する。気分転換にコンビニへ行きチョコバーとコーヒー買い帰宅。

ところで西武新宿線沿線の沼袋駅から歩いて数分の場所にある「平和の森公園」が東京オリンピックに向けての(という題目の理不尽な)事業により、1万8,000本近くの樹木が伐採されようとしている。というくそみたいなニュースがツイッターで去年の年末から流れてきており、そしてついにこの月曜に伐採が強行されてしまったということをツイッターを通じて知った。この平和の森公園をめぐる中野区のくそみたいな事業の詳細はこちらを参照されたし。

一度平和の森公園を訪れたことがあるが、とても自然豊かでのんびりとした良いところだった。池のそばでギターの練習をしている人がいたり、広場ではジョギングしている人たちがたくさんいたり、地域の人たちからとても愛されているのを実感した。

その公園が東京オリンピックとかいう空焚きの極致みたいな、人々を消耗させるばかりで誰も幸せにならないような催しのために人々の憩いの場を奪う行いは絶対に許せねえと思い、中野区に怒りの苦情メールを送る。

そして歯磨き薬飲み寝る。今日できなかったことは明日の自分に任せた。頼んだぜ。

2018年1月15日月曜日

2018年1月12日(金)~1月14日(日)

2018年1月12日(金)

仕事。限界が近く全て投げ出して横になりたい気持ちを抑えながらデスクに向かう。しかも結構忙しく思考回路はショート寸前(というか何年か前からずっと頭の回線がぐちゃぐちゃのままここまできてしまってILL-CENTRIC FUNK)。ものすごい体力の低下を感じるのでまたプール通ったりする必要を感じるが非常におっくうである。

気合で仕事をやっつけ職場を飛び出し何となくアメリカンドッグが食べたくなりコンビニで購入し食べる。酒を飲むのを辞め、またパーティーへ遊びに行ったりする元気をなくしてからというもの金曜の夜だからといって別段テンションが上がったりとかしなくなった。休みも自分にとってはつらい時間となってしまうことが多いので。

帰りにスーパーでアーモンドとみかんと甘いもの食べたくなりコアラのマーチやOREOの類似クッキーを購入、帰宅し横。コアラのマーチとアーモンド食べコーヒー飲み横になり死んでいるが段々腹が減ってきて餅を4つ焼き海苔としょうゆで食べ、栄養も考え納豆を食べ夕食とす。後は全て諦め薬飲み寝る。

2018年1月13日(土)

寝ていると郵便の配達の人が大量にレコードを抱えてやってくる。バナナとみかん食べ朝食とし薬飲み寝る。家が終わっており何もできないので寝るしかない。

夕方になり目を覚ますと友人のBくんから連絡あり。今日お茶する約束をしていたのだが時間を決めていなかった。終わっているため夜遅めの時間を提案し出かける仕度するための気を練る横になりながら。

日常生活で一番ハードルが高く諦めることが多いのが入浴である。汚い話だが最近は○日間風呂に入れないとかZARAなので困っている。しかしお茶しにいくためには入浴しなくてはならん。ので「無理だーッ!!」と絶叫しながらシャワーを浴びる。過酷な時間であった。

きれいになり出かけると鬼のように寒く容赦がない。Bくんと落ち合うとき彼はいつもニコニコしながら現れるのでこちらも嬉しくなる。いい感じの喫茶店に入りロクなもん食べておらず何か食べたほうがいいと思ったのでハムサンドとコーヒーをオーダー。Bくんは瓶ビアをオーダー。ぽつぽつとお互いに話をするも、こちらの調子が非常に悪く脳にもやがかかっているような感じで申し訳ない気持ちになる。自分はコーヒードリンカーなのでガンガンコーヒーをおかわりし、カフェ~ンを注入して脳のもやを払おうとするが無理でした。

年末に二人会ったとき、結構お互いに大事な話をお互いにして、お互いその話をしたいのだけど輪郭をなぞりなかなか本題に入れない(というような空気を感じたというか自分はそうだった)。こういうとき砂場で砂の山に木の枝を突き刺して砂をどんどん除けていく棒倒しが頭に浮かぶ。照れなのかなんなのか?輪郭をなぞるばかりでなかなか本題に入れない。

日常生活のモヤモヤから全部地続きの非常に苦しいモヤモヤが晴れて「生きてる実感」を覚えるときというのは「自分にとって大事なこと」と向き合っているときである、というのを年末Bくんと会ったときに発見した。そしてようやくこの日の夜も本題に入ることができたのである。コーヒーをドガチャガ飲み、タバコを吸いながら、お互いに胸の奥でつかえていたものを少しずつ言葉にして表に出していく。こうやって話ができる友達がいて良かったと思う。

カフェ~ンの取りすぎでめちゃくちゃになった二人は喫茶店が閉店するのにあわせて店を出、駅で別れた。大事なことというのはめちゃくちゃシンプルなのだが、シンプルゆえに難しい……。帰路フッドの富士そばでそば食べて帰宅、あれだけコーヒー飲んだのにさらにコンビニでコーヒー買って帰り、飲みながら音楽聴く。ある程度の時間となり薬飲み寝る。

2018年1月14日(日)

郵便の配達の人がレコード持ってきてくれたので起きる。前の日昼間ずっと寝てたのと夜にコーヒー飲みすぎたせいで眠りが浅い。バナナ食べ薬飲みもう一眠りするにはちょっと眠れなさそうだったのでしょうがなく起きる。音楽聴きながら横になっていたが腹が減りコンビニへ行き何も考えずに食べられそうな弁当を選び野菜ジュースと一緒に買いコーヒーも買う。コンビニ弁当は食べても何も感じないのでいかに食べやすいかが選択の基準となる。空腹を感じてすぐ弁当買いに行ったのは良い判断だった。いつもは食事がめんどくさくて放置して大変なことになりがちなのだが空腹を感知するや即食べ物を入手し経口摂取によりカロリーを得たため頭と身体が多少動く余裕ができた。

さてこうなったら昨日Bくんと話して感じた自分にとって大事なことのひとつ、「音楽を作る」ということをやろうじゃないの、ということになるが、そのためにはコックピット(机)周りというか部屋を大いに掃除しなくてはいけない。戦いが始まった。まずは景気づけにトイレから掃除しなんとかやっつける。

洗濯機を回しつつCDの山をどうにかこうにかして激闘という感じでまじで終わんね~とか思いながらコーヒーを飲んだりタバコを吸ったりしつつ頑張って片付け続けた。午後3時くらいから初めて夜の7時くらいには床が出土し掃除機をかけることが可能になった。それからまだまだ片付け。夜9時過ぎ空腹のためコンビニへ。また無の気持ちで弁当購入。野菜ジュースと一緒に食べ栄養を考えて納豆も食べて夕食とす。そっから頑張って片付けてついにソファーが出土、着席することが可能になった。夜も12時を回りいい加減寝なくては……となりランドリーで乾燥させた洗濯物を頑張ってたたみ、同じく洗濯した布団カバー等を取り付け寝床に就いたのは夜中の2時近くになってのことだった。しかし家が結構片付いたのでよかった。ただべらぼうに疲れた。棚をもう一つ作る必要性を感じる。薬飲み寝る。

2018年1月12日金曜日

2018年1月11日(木)

世界が終わる夢を見て目を覚ますと家を出ていなければいけない時間をとうに過ぎてしまっており現実の方も終わっていた。会社に電話し寝坊のため遅刻の旨伝えて家を飛び出し謝りながら出勤。

仕事。疲れている。どんどん元気が失われていく。

仕事終え帰宅し即横。何という寒さだろう。理由は分からないがものすごく落ち込んでいる(疲れと寒さからか?)。P様(プンッッペではなくMaster P大先生のほう)のクラシック「Ice Cream Man」のアルバムをかけながら目をつぶり静かにしている。このまま寝たらアカンと思いながらもつらいのでただ目をつぶり横になる。

一時間ほどたつとケータイに連絡あり慌てて飛び起き支度してSIN CITY 渋谷へと向かう。というのも先日韓国のインディーミュージックシーンのキーパーソンであるパク・ダハムくんが「ユンキーの新しいアルバムを自分の店(ソウルにあるcosmoswholesaleというお店)で売りたい、ちょうど日本に行く用事があるのでその時にCDを受け取れるよ」と連絡をくれていたので、渋谷で落ち合う約束をしていたからである。

甘いものが食べたい……と思って駅の売店でカントリーマアム入りチョコレート購入し無心に食べる……これチョコバーにしてくれたら最高なのになぜ一粒一粒が個包装のタイプしかないのか。日本にはチョコバーが売ってなさすぎる。あとBOSSのブラックコーヒーHOT 500ml入りのペットボトル飲料というIQゼロメートルぽい飲み物購入し泥水みたいな口当たりに無の気持ちになる。

渋谷着き待ち合わせ場所へ行きパクくんと落ち合いハグする。パクくんの名前はあちこちで目に耳にしていたがこれが初めての対面であった。ライブハウスの前で落ち合ったのだが、彼と色々話しているうちにライブハウスから出てくる人たちが次々と「ウワーパクくんいつ日本に来てたの!」と驚き話しかける、というやり取りが十回くらい繰り広げられていたので彼はめちゃくちゃ愛されているのだなあと思った。彼はHelicopter Recordsというレーベルもやっており、韓国のインディーシーンで活動するアーティストたちの良質な作品をリリースしまくっているのでNuff Respectかつ要チェケである。彼のレーベルからリリースされている作品は目白のブックギャラリーポポタムちょうちょレコードなどで買えますので買おう。

ユンキーのCDを彼に託し、また日本か韓国で会おうと再会を約束し別れる。

完全に無で終わっている状態であったが一応レーベルの仕事を果たすことができたので良かった。ユンキーの最新作がパクくんの店で売られ、韓国のユンキーファンに届けることができるようになったことをとても嬉しく思う。

富士そばを食べて帰宅しヨーグルト食べて薬飲みすべて諦めて寝る。

2018年1月11日木曜日

2018年1月10日(水)

朝気持ち早めに目が覚めりんご食べ薬飲みまた出勤時にごみ出しに成功。昼間仕事。寒い。

仕事もひと段落してきた夕方ごろ社長と雑談になり、なぜ最近の若い人たちはあまり旅行へ行ったりスノボやったりアクティブなことをしないのか?と聞かれたので、みんなめちゃくちゃに疲れているからですよと答える。さらに言えば時間と金もない。もしかしたら元気がいっぱいで時間も金もある人もいるかもしれないが。というか自分が疲れていて元気なくて金がないのでみんなもそうだと勝手に思っているだけなのかもしれない。

昨年末に友達のBくんとささやかな忘年会と称して夜に会ってお茶をして色々話したのだが、そのときに何故クリスマスとか年末年始というのはこれほどまでに人を消耗させてしまうのか?という話になった。去年は精神がどんどんおかしくなるにつれ季節や日にちとか全部意味がなくなり、それらは全て自分にとってはただの気温の変化と数字でしかなくなっていた。と思っていたのだがクリスマスが近づくにつれて謎の圧を感じてしまい非常にきつい思いをしたのでそれは何故なのかなあと考えるに、今はほんとみんな元気と金がとにかくなくて、だけどクリスマスなどイベントごとは人々をとにかくジャンジャン金を使う方向へ、消費を促す方向へと焚きつける。小売業界にとってはクリスマス商戦という言葉もあるようにイベントごとは大きな売り上げを達成するための大事なものなので一生懸命焚きつけるのも無理はないのだが、我々が暮らしている茹で釜の中の水(元気と金と時間、気持ちの余裕)はとっくに蒸発してなくなってしまっており、そんな状態でガンガンに空焚きで熱せられるものだからひどく消耗してしまうのではないかしら、という結論に自分の中では至った。もちろんクリスマスを思い切り楽しんだり身の丈に合った楽しみかたで過ごす人たちも大勢いるということも分かってはいるが。いつもはクリスマスが近づき街が何となく華やいだ雰囲気になるのが好きだったような気がするが、今ではそんなこと思わなくなってしまった。あと正月に消耗してしまうのは何故か。これはまた今度考える。

夜はユニオンが「○○円以下の中古商品が全品500円(△色と※色の値札は除く)」というセールをやるから来いというメールをもらっていたのでそういえばあの時見かけたあのCDもしかしたら500円で買えるかもしれんと思い仕事のあとユニオンへ向かう。表に出ていた100円レコのエサ箱をチェックし数枚目星をつけていざ店内へ突入してお目当てのCDのあるコーナーをA~Z~V.A.まで隈なくチェックしていくと、既に売れてしまったのか見つからなかった。何ということか。気を取り直してセール対象になるやつで欲しいのを探していくが、これがうまい具合に良いやつが全部セール対象外になっているのでくやしい。その中で何とかこれやろというのを見つけ(J Dillaの死後たくさん発表された中の数枚とか)、良しとする。もうユニオンの平日セール行くのはしばらくいいや……疲れるだけなので。

帰宅即横。ユニオンで購入したものを聴く。100円のエサ箱から見つけたケアレスワンのこれ、今聴くと何とも牧歌的なビート集であるがしかしケアレスワンのマナーに沿った曲で彼の雰囲気を濃密に感じるのでやはりすごいと思った。

腹減りもち焼きレトルトのビーフシチューと納豆と食べ夕食とし薬飲み後は全て諦めて疲れていつの間にか寝てしまう。今日やろうと思っていた仕事はできなかった。

今後自分が幸せになれるということはないのではないだろうか、という漠然とした予感だけがある。別に悲観的になっているわけでも投げやりになっているわけでもなく、ただ何となくそういう予感だけがある。屋根のあるところで暮らし五体満足で働きお金をかせいで3食食べることもでき好きなレコードやCDも買えるので十分幸せではないか、という見方もできるのだが。

早くやることやってどんどん進んで行きたい。どこへ?無からもうちょい有の方へ。

2018年1月10日水曜日

2018年1月9日(火)

仕事。寒い。最近仕事に対するモチベーションがダダ下がりなのだがいつかやる気が出るときが来るまで放っておき、最低限やらなくてはいけないことはテキパキやるよう心がける。

久々にブログを更新し手を動かして文章を書く感覚を何となく思い出す。また、連絡しなければいけない件がいくつかありそれらのことは億劫で放置してしまっていたのだが、キーボードを叩き続ける流れでそのままメールを作成し返信することに成功した。

昨年末は脳が終わっていたため秋から冬にかけスーパーやコンビニで安く売っている個包装されたドーナツがたくさん入ってるやつを朝食 & おやつとして頻繁に食べており、糖分と脂質の塊である甘ったるいそれをコンビニコーヒーで流し込むのは中々オツで好きだったのであるが、血糖値を急上昇させてハイにな(った気にな)り何かをするという感じで完全にドラッグとして用いていたため今年はドーナツ買うのやめることにして甘いものやおやつはなるべく全て果物でまかなおうということに自分の中でなった。ドーナツばかり食べて狂っていたときは夜中トイレに起きてベッドに戻る前にほぼ無意識にキッチンでドーナツひとつ食べて寝たりとかよくしていたので狂っていたと思う。

ということで少々値は張るがみかん一袋とアーモンドを購入し帰宅。食事をするのが準備と片付け含めとにかく面倒でしかないので簡単に食べられるものをとりあえず腹に詰め込むようになってしまい早速みかんを二つ食べまた昨夜剥いて切っておいたりんごも食べアーモンドをポリポリ食べていると止まらなくなり一袋一気に平らげてしまった。

後はもう何もしたくないので音楽を聴きながら横になる。しかしレコードをかけていると必然A面の再生が終わったあとは盤をひっくり返さなければならないため無限に横になっていたいが音楽は常に聴いていたいためレコードの演奏が止まると心を無にして起き上がりB面の再生を始めてまた横になる。横になっている間はディスクガイド本などパラパラめくるがこういうの見てると無限に物欲が湧いてきて困る。しかしスマホ見てもアレなので何か横になって眺めるにはやはりこういったものが無難かつ愉しくて良い。と言いつつスマホも見ているが。

ということで基本横→レコードひっくり返し→横→レコード取り換え→横というループを無限に繰り返すうちに腹が減ってきてようやく決心して夕飯の準備に入ることにする。

まずはシンクの食器を洗わねばならない。常に音楽を流していたいがキッチンで何かしているときは水の音や換気扇の音などでスピーカーで再生中の音楽が聴こえないので止む無しということで無音で食器洗いレトルトのハンバーグと実家でもらった赤飯をチンして夕食とす。部屋が終わってるので最近はキッチンで直立しながら夕食をとる。

食べ終わったらレコード→横ループ再び。そして時間もアレになってくると全て諦め歯を磨き薬飲み寝る。前は歯を磨くことも諦めていたが最近は磨けているのでまあ良かった。

聴いていたレコードで特に印象に残ったのは70'sスウィートソウルのボーカル・グループFloatersというバンドのアルバムであった。さすが名盤というだけあり一曲目の "Float On" という曲はサンプリングソースとして色んなとこでサンプリングされており耳にしたことがあった。11分間の長きに渡りSWEEEEEEEETな旋律とともにバンドメンバーの自己紹介していくという有名な曲らしい。

この日は滞っていた連絡をこなすことができたため良しとし、明日はやらなくてはいけない仕事の1/3を何とかやれたらいいと思う。

2018年1月9日火曜日

2018年1月1日(月)~1月8日(月)

2018年1月1日(月)

12月ずっと体調が悪く、年末になってかなり悪化し正月休みは何もできず寝込んで過ごす。病院でもらった抗生物質等の薬を飲むがあまり効いている気がしない。2017年リリースの新譜を聴くがあまりピンとこないものが多い。家でうだうだしていたが正月の雰囲気にやられて鬱が激悪化し、また食事をとるのも面倒でならず、このままでは死んでしまうと思い急遽帰省することに。実家に帰り家族に新年の挨拶しおせちと雑煮を食べる。狂ったように寒い。鬱の薬を持ってくるのを忘れたため死ぬ。夜中実家の自分の部屋にて持っていきたいCDを整理するがきりがない。

2018年1月2日(火)

昼家族でファミレスへ行き外食。昨日今日といきなり栄養のあるものを食べてお腹が驚いたのか帰宅後盛大に腹をこわし何度もトイレへ。また鬱の薬忘れたため離脱症状っぽいのも出て地獄。何とか実家ディグを終え、それなりの量のCDとレコードを抱え夏休み前の終業式の日の小学生スタイル(あさがおの鉢とか抱えて帰るやつ)で実家を後にする。
イトーヨーカドー春日部店でクレヨンしんちゃん25周年展をやっているとの情報を入手していたため大量の荷物をコインロッカーに預けて見に行くことに。軽い気持ちで見に行ったが原画など貴重な資料もたくさん見ることができかなりの満足感であった。クレヨンしんちゃんヘッズの友人のためにみやげとしてグッヅを複数購入する。また帰途にあったゲーセンにドラえもんのどらやきふわふわクッションがUFOキャッチャーの景品としてあるのを発見し、ふらふらと引き寄せられるように挑戦。何度もトライアンドエラーを重ねる自分を見かねて店員さんが助け舟を出してくれ、取りやすい位置まで調整してくれた。そこからさらに挑戦すること複数回、ついにクッションをGET。うれしい。しかし体調はくそ悪く今にも死にそう。死にながら帰宅し薬飲み寝る。

2018年1月3日(水)

連休最終日。特に何をするでもなく静かに落ち込みながら音楽を聴いて過ごす。

2018年1月4日(木)

仕事初め。体調良くならず胃が石のようにカチコチでつらい。

2018年1月5日(金)

仕事。夜は溜まったごみをまとめて出す。玄関が気持ちすっきりする。

2018年1月6日(土)

ひと月ぶりの病院。新しい薬が増える。相変わらず体調悪。一度家に帰り機材等準備しライブのため鶯谷へ。立っているのもやっとという感じだがリハを終え駅前のいい感じのそば屋兼食堂兼飲み屋みたいなとこでとろろうどん食べる。その後ドトールでコーヒー飲みながらライブのセットリスト考えるが中々決まらず。あれこれ考えた結果新曲中心のセットでいくことにした。ライブ前に体をほぐすため準備運動するがこの時点で体調激悪く死にそう。そしてライブ。久しぶりにisolationという感じのライブになってしまったが終演後何人か直接「ライブ良かった」というようなことを言ってもらえて一安心 & ありがたい限り。主催のsix line eleven feetののりさんと昨年あった色々なくそみたいなこと(身近なコミュニティーの中で起こった性暴力事件のこと)について色々話す。対バンの人たちみなカッコよく、良いイベントだった。この日の夜に阿佐ヶ谷ロフトAでやる田島ハルコさん主催のオールナイトイベントに行きたかったが満身創痍のため遊びに行くのを断念。

2018年1月7日(日)

用事あり朝からまた実家へ戻る。用事終えて夜に東京へとんぼ帰り。

2018年1月8日(月)

疲労がすごい。一日音楽を聴いたり本を読んだりして過ごす。最近は70年代のいわゆるスウィートソウルといわれるボーカルグループたちのアルバムを好んで聴いている。昨年末に急激に自分内でよみがえったG-RAPブームからの流れということで。レコードで音楽を聴くのは本当に楽しい。時代はもう2018年だが自分は最新の音楽シーンを追うところから遥か遠く離れた場所にいる。そんなFRESHさも微塵もないようなノスタル爺状態ではいかんのでは、とも思うがそんなときはビースティーズのアドロックのこのインタビューの言葉を思い出す。夕方雨の中用事あり出かけてその帰り道ユニオンに寄ってまたしてもスウィートソウル中心のCDレコード買ってしまう。でも最近の音楽も聴いてみようと思ってトラヴィス・スコットという人の2016年リリースのアルバムを買ってみたがまだ聴いていない。色々やらなくてはいけないことがいくらでもあるが疲れてしまい全てあきらめて薬飲み寝る。

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2018年はアウトプットの年にしたいと思っているのでたくさん音楽を作りたい。

また2017年はSATURDAY LABというレーベルを始めたり色々なことがあったのだが、こちらのブログに全く情報を載せていなかったので今年はツイッターからブログ中心にシフトしていきたい。

去年はフェミニズムについて色々考える機会が多くあった。

男性が無意識に行っている無神経な「普通の振る舞い」がいかに普段から女性を追い詰め抑圧しているか、また日本社会の「一般常識」や「伝統」というのが基本的に男尊女卑の思想を元に設計された時代遅れのとんだポンコツだということに気づいた。

また、身近なコミュニティーで性暴力の被害に遭った方がいて、その方が勇気を奮い立たせて被害を告発したにも関わらず、事態がうやむやになっているままなのが物凄く腹立たしい。

この事件が起きたコミュニティーの周辺にいる「尖った音楽」を好んで聴き、また「最先端のパーティー」をオーガナイズし、日ごろから「差別や性暴力にはNO」というスタンスを表明していた人たちでさえ、この事件に関してだけは「当事者同士の問題」として内々で済ませようとする圧がものすごく、「臭いものには蓋」という古典的な日本のくそみたいな悪習がクラブシーンでも普通にまかり通ってるということを目の当たりにし、大いに失望するとともに強い憤りを覚えた。どれだけカッコいい音楽を聴いていようがやっていようが、バカなやつはバカだしクソなやつはクソだという当たり前のことを確認しただけだった。

勇気を出して被害に遭ったことを告発しても、結局加害者ばかりが周囲の人間たちから守られ、そして声を上げた勇気ある人が「シーン」や「コミュニティー」から退場させられることになってしまう。

ただでさえ普段の人生がクソつらいことで溢れていてそれでも何とか頑張って生きている中で、「ハレ」の場として自分の好きな音楽を思い切り楽しむことのできるパーティーに遊びに行って、何でそんなに嫌な目に遭わなくてはならないのか?加害者は何のペナルティが課せられるわけでもなく、被害者ばかりが色々なことを諦めさせられてしまう。

クラブやライブハウスで性差別や性暴力の被害に遭い、つらい思いをしている女性というのは表に出ていなくともかなりの数がいると思われて、大抵は男性のマチズモ丸出しの振る舞いにより傷つけられている。

性暴力の被害に遭った方が、この人なら話を分かってくれそうだから大丈夫、と思ってとある男性に「○○さんに何時間も身体を触ってこられそうになり嫌だった」と勇気を出して相談したら、「ああ、あの人はスナックノリだからね~」の一言で笑って済ませられたというのを聞いて、これもめちゃくちゃに腹が立った。被害に遭った方がどれだけひどく怖い思いをして深く傷ついたのか全く想像が働かないどころか、完全に思考することを放棄している(この言葉を返した男性は彼自身が「酒が回った男性が女性を触ろうとするのは別におかしなことではない」という意味不明な常識に捕らわれていることに気づいておらず、そこで話が終わってしまっている)。

自分が想像する以上にこんなバカみたいな考え方の男性がこの世の中には圧倒的に多いのかもしれない。

自分のスタンスは超シンプルで、「人を傷つける奴はクソバカ」というところから始まりそしてそこに収束していく。あらゆるセクハラ・パワハラ・モラハラ・人種差別は絶対に許さない。そして今年もそれらのことについて、自分の生活・人生と地続きの問題として、他人ごととしてではなく考え続けることを絶対にやめない。

ちなみにギャングスタラップなんかは完全にセクシズム丸出しの世界観で、自分はその世界観も含めて好んで聴いているという矛盾、「自分の好きなカルチャー」とそのカルチャー自体が内包する「女性蔑視」や「ホモフォビア」などとどう向き合うかということに関しても考えなくてはいけない課題だ。