2025年4月7日月曜日

2025年4月7日(月) 車

車が来ない。

前回までのあらすじ―

突如車を購入した春村謙吾であったが、代金を支払ったのが2月の末、車検のときにヘッドライトに不具合があり、交換のパーツが日本だと手に入らないため海外から取り寄せている、しばし待たれよ、という連絡が車屋からあったのが3月の19日。そしてそれ以降今日現在に至るまで何の連絡もないのであった。というかパーツを海外に発注したのが3月10日らしいので、もうすぐ1か月がたっちゃうよ。

こうも車が来ないと自分が買ったのは本当に車だったのだろうか?と疑念が湧いてくる。

せっかく契約した駐車場も、車が来ないので車の停められていない無の空間に対して1か月分の駐車場代を支払うことになってしまった。

車に乗って色んなところに出かけたりして楽しい気持ちになるはずだったのだが、それが叶っていないため悲しい。

何よりも、あろうことか、自分が購入したのと同じ車種で、自分が購入したよりも状態のいいものが自分が購入した金額プラス10万円で売りに出ているのを発見してしまったのである。

これには大変に動揺した。

10万円というのは大金だが、しかし車の値段で考えると10万円というのは誤差の範囲、みたいに思ってしまうのが恐ろしい。
自分が購入した車はあくまで自分の予算内に収まったので購入したのであり、それよりも10万円高いということは自分の予算を超えていたということであり、それは買えなかったということである。それに色は自分が買った車の方が自分の好みに合っている……と思う。

だけど自分が購入した車は塗装も剥げているところがあるし傷もついているし、内装もぼろくなってしまっているし、おせじにもきれいだねとは言えない状態のもので、その最近見つけたプラス10万のやつは自分が購入したものよりもはるかにきれいだ。

だめな子ほどかわいいメソッドでいえばぼろい車でも自分の車の方がいいと胸を張って言えるのかもしれないが、現状手元に車がないもんだから、車屋が販売サイトにアップしていた写真を眺めたり、自分が車屋に車を見にいったときに撮った写真を見返したりして、自分はこの車を買ってよかったのだ、と自分に言い聞かせている。

手元に車が来てさえいれば、実際に乗ってさえいれば愛着も湧き、ほんまに最高、この車を買ってよかった、そう心から思えると思うのであるが、こうも車が来ないとそれができないので心に棘が刺さっているような気持ちになってしまっている。

車買ったらもう車の販売サイトとか見ないほうがいいですね。
自分が車を買うのは人生でこれが最初で最後だと思っているので、買った車を大事に長く乗り続けて、じじいになったら腹部を鉄骨が貫通している状態で全裸でパルクールしながら笑って免許を返納したい。

車を買ったが車が来ない、ということを床屋のお兄さんに言ったら、あー、古い外車だとよくあることですよ、と言われ、そういうものなのか、と思う。

今はただ待つことしかできない。
紅茶を淹れてリリアンでも編みながら気長に待つしかない。

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