2025年7月2日水曜日

2025年7月2日(水) material boi

家に物が多すぎる。

聴かないCDレコード、観ないビデオDVD、読まない本雑誌、使わない機材の数々。

家に物が多いとただ膨大な物が自分の周りにあるというだけでそれにより多大な脳みそのリソースが割かれているように思う。
脳みそが散らかった気分になり、それらを聴いたり観たり読んだり使ったりしなくては、という謎の焦燥感とプレッシャーに襲われる。

じゃあいらないものを売るなり捨てるなり処分したらいいじゃない、と思うでしょうが、それができたらこんなに物ばかり増えていないわけです。

昔、何かの用事で滅多に行かない埼玉の真ん中の方へ行くことがあり、どうせ行くなら、ということでブックオフとハードオフを訪れた。

ディグした膨大な量の100円CDを用いてDJをすることで有名な方がいるのだが、その人に感化され、なんか未だ見ぬ未知の (頭痛が痛い構文) 音楽に出会えたらいいな、くらいの感覚で100円CDをたくさん買ったろ、と思ってのことだった。
ハードオフは大抵駅からは離れたところにあるので、わざわざバスに乗ったり少々長い距離を歩いたりして店まで行った。

店ではとにかく気になったものを片っ端から買い物かごにぶち込んでいき、多分150枚くらい買った気がする。1枚100円 (税込110円) としても16,500円の買い物である。
150枚ものCDを手で持って電車に乗り持ち帰るのは非常に大変だった。20枚くらいの山を4つつくり、巨大なビニールの手提げ袋に入れ、それを2袋持ってえっちらおっちら駅まで歩いていき、電車を乗り継いで帰るのはまさに苦行であった。

さて、そんな大金を使って大変な思いをして持ってかえってきた大量のCDはどうなったでしょうか?

そう、皆さんお察しのとおり、大半のCDをろくに聴かぬままその巨大なビニール袋に入ったままで家の片隅に放置されていたのである。

大量のCD (しかも聴く前から大体がろくでもない内容なのは分かっている) が家の片隅に鎮座しているのはあまり気分のいいものではない。

音楽に貴賎なし。と私は思っているが、音楽に貴賎はないがくそな音楽はくそである。

まあ、いつか聴くでしょう、と思って放置していたのであるが、1日1枚聴いたとして、全部聴き切るには150日かかる。
くそな音楽を聴くために割く時間は残念ながら私にはなかった。同じ時間を消費するのであれば、くそな音楽を聴くよりはかっこいい音楽や素敵な音楽を聴きたい。

100円のCDを150枚買った後も、私は他のかっこいいCDや素晴らしいレコードもコンスタントに買っている。そちらを優先して聴きたくなるのは当然である。

というわけで、もしかしたら未知の素晴らしい音楽が眠っているかもしれない100円CDの山は、CDプレイヤーにセットされることのないまま眠り続けていたのである。

私の住むマンションは4畳半と6畳の2間の2Kの間取りである。4畳半の部屋にエアコンが設置されているため、そちらを居間兼寝室兼たまにボーカルを録音するスタジオバカとして使っている。
6畳の部屋には大量の機材がセットされ、音楽を制作するためのスタジオバカ別館として使っている。

どちらの部屋にも大量のCDレコードがある。それらは棚に収納されていたり、収まり切らない分は床に直置きされている。

以前友人が私の家に遊びに来た時、部屋が狭すぎる、物が多すぎる、としきりに言っていた。
ベランダに出たとき、ベランダが一番広い!と言って驚いていた。歩ける!と言っていた。

4畳半の部屋も6畳の部屋も、歩けるスペースは非常に少ない。なぜなら床に物が置いてあるので。

私はかっこいい音楽や素敵な音楽が収録されているCDやレコードを買うことがライフワークの一つなので、それらは無限に増えていくばかりである。
お金に困ったら聴かないものを売ったりしているが、基本的には売らない。

コレクターが無限にコレクションを増やしていくことは現実的には難しい。収納スペースには限界がある。
今までツイッターなどで公言したことはなかったが、私は数年間レンタル倉庫を借りていた。かつて住んでいた1Kの間取りのマンションには所有する大量の物たちが収まり切らなかったため、苦肉の策であった。
レンタル倉庫の2畳の部屋に、レコードが60枚くらい入る段ボール製の収納ボックスを12箱くらい置いていた。
単純計算でレコード720枚。ほかにCDやレーベルの在庫も置いていたので結構な量であった。

車購入に伴い毎月の駐車場代を捻出する必要があるため、そのレンタル倉庫は解約した。
倉庫に置いていた大量のレコードは、金に困って売りまくったので倉庫を引き払うときには全部で5箱くらいにまで減っていた。
その残った5箱のレコードは今の家の2間の部屋どちらにも置くスペースがないため、あろうことか台所に積み上げてある。レーベルの在庫は風呂場の入り口横に積み上げた。

ということで物を減らさないと頭が変になってしまいます、ということで、ハードオフで買った大量の100円CDをどうにかしましょう、となったんだけど、ケースにハードオフの110円という値札シールがべったり貼り付けてあるもんだから、ディスクユニオンに売るのは一寸 (いっすん) ためらわれる。どうせ値段の付かない1枚10円で引き取ってもらうことになるものばかりだろうからどうでもいいといえばそうなのだが、何となく気になる。
キャッチアンドリリース、ということで、釣った魚を川へ帰すように、ハードオフで買ったCDはハードオフへ持っていけばいいのでは?と思ったが、現在車が入院中のため無理である。

ということでブックオフの宅配買取を利用することにした。
スーパーでいらない段ボール箱を何枚かもらってきて、あとはいらないCDをひたすら箱にぶち込んでいくだけである。はは、楽勝。

そう思ったのであるが、いざ作業を始めると聴いてもないCDを次々箱にぶち込んでいくというのが自分にはできず、大変困惑した。
なぜできないのかというと、そのCDに未だ見ぬ未知の (頭痛が痛い構文) かっこいい音楽や素敵な音楽が眠っていたらどうしよう、という不安によってである。

ということで、愚かなことに1枚ずつ聴きながら選別を始めてしまったのでもうおしまいである。
といっても1枚通して聴いていたら日が暮れてしまうので、冒頭1曲かけてダメなら即箱にぶち込む、というスタイルにした。

それにしても。90年代~2000年代初頭にかけて雨後のたけのこ状態で無限にリリースされた判で押されたような全部似たり寄ったりの内容の大量のR&B系CDの多さに辟易した。買ったのは自分ですが。
胸キュン系のメロ~なR&Bチュ~ンは好きですが、私の好きなプロデュースチームであるUNDERDOGSワークスだけあればいいかもしれない。そう思い、大半は処分することにした。デスチャのアルバムに私の大好きなMASTER P御大が参加しているのに気づいて聴いてみたらかっこよくてくらったが、デスチャのCDを家に置いておかなくてもいいよな……と思う。置いといてもいいんですが。

THE BOOMのCDや久保田利伸のCDなど大量に買ってきているが、果たして自分の人生でこの先彼らの音楽を必要とする日がくるのだろうか?THE BOOMのリミックス盤にMAD PROFESSORリミックスなどが入っているのは非常に興味深いが、いまいちCDプレイヤーにセットする気になれない。
彼らの代表曲である『風になりたい』や『LA・LA・LA LOVE SONG』などは誰もが認める激!極!クラッシックであるが、クラッシックすぎて別に家で聴かなくてもいいというか、説明が難しいが、とにかくなんだか聴く気になれないのである。

110円で投げ売りされているCDは過去に爆裂大ヒットしたため売れまくったのでそのような値段で流通というかハードオフの店頭まで流れ着いてきたのだと思うが、そういったCDの絶妙な聴きたくなさ・聴かなくてよさというのは説明が難しい。同じ1時間を使うなら別のかっこいい音楽や素敵な音楽を聴きたい。

ということでちんたらCDの選別をしていたら脳みそがひどく疲れてしまった。
挙句レコード棚 (普段は積んであるCDのタワーたちの背後に隠れていてアクセスすることができない) に気が行ってしまってCDの整理選別そっちのけでレコード棚の整理が始まってしまった。
棚に刺さっていた80年代終わりや90年代初頭の得体の知れないオブスキュアなマイナーhiphopの12インチの数々にくらくらする。こんなのこの先聴くことあるのか?

しかし愚かな私はまたそれらの12インチをターンテーブルに乗せて聴きながら選別を始めてしまったのでもうおしまいである。
大半が今後私の人生において必要な音楽ではない、という判断となったため、ユニオンの宅配買取用の段ボール箱が半分埋まるくらいの量を棚からなくすことに成功した。

とにかくCDレコードが多すぎて気持ち悪くなってきた。

私は家の片付けというのが非常に苦手で、それはあれこれ考えながらやるので脳みそが非常に疲れるからで、だけどごみ捨てとかはちゃんとするので部屋中に飲みかけのペットボトルや空き缶、お菓子の袋とかのごみが散乱しているということは全くないのであるが、とにかく物が多いので家の中が雑然としている。雑然としている中でも多少の秩序がないと片付いて見えないので床に直置きながらもある程度の秩序を保って物を並べている。
だけどCDレコードに一切興味ない人から見たら全部ごみというか不要なものにしか見えないと思う。

私の住むマンションは築深すぎのため来年3月いっぱいで取り壊すことになり、それまでに引っ越さなくてはならない。
その来るXデーのために、少しずつ物を減らしていかないとまずいのである。

100円CDの処分が終わったら今度は普通のCDレコードも減らしていきたい。できる気がしないが。

40過ぎると自分に残されている時間というのはどうやら限りがあるらしいみたいなことを少し思うようになってきて、くそどうでもいいものに割く時間やパワーというのが非常に無駄に感ぜられるようになってきた。
コスパやタイパなどという考え方とは無縁でいたいと思うが、それでも自分が本当に好きなものにだけパワーを使いたいというか、とにかく脳みそをすっきりさせたい (?) 。

ツイッターで以前ある人がコレクターというのは無限に物を増やし続けられるものではないので、必然的に不要なものを処分していくためコレクションがどんどんソリッドになっていく、とツイットしていた。

私のコレクションはもちろん最高なものも多いがいいんだか悪いんだかよく分からないものはその3倍くらいあるかもしれない。
自分のコレクションをソリッドにする日。来るのでしょうか。引っ越すタイミングでそれになっていられるようにがんばりましょう。